来年は太鼓衆一気結成して15年目にあたる年になる。
だから何だというわけでは無いが、一つの節目になる年だ。

勝手に少し振り返ってみようと思う。

今から14年前の7月。私が24歳の時、大阪で3人で結成した太鼓衆一気。
自衛隊時代の同期の平田と、当時少し指導していた団体から紅一点の木村(旧姓・高野)に声をかけ、確か居酒屋で飲みながら、「太鼓でやっていこうや」という僕の一言に賛同してくれたのがキッカケでスタートした。

この時を思い出すと、本当にケッサクだ。
この居酒屋に集まる少し前、私より先に自衛隊を退職していた平田に電話をした。
「久しぶり!今何やってるん?」
「焼肉屋で働いてるで~」
「なあ、太鼓でやっていかへんか?これで食べていこうや」
「ええけど、どないしたらええねん?」
「焼肉屋辞めろや。動きにくくなるから」
絶対断られると思った。当たり前だ。彼はこの時アルバイトではなく社員として働いていたからだ。
しかし・・・
「でもやお前、まだ自衛隊におるんちゃうん?どないすんねん?」
「俺か?辞めた。これでやっていくから辞めたねん。」
「お、そうか。わかった。ほんなら俺も辞めるわ」
「おお!ありがとう!」
この僅かな会話で彼は私の話に乗ってくれた。本当に嬉しかった。しかも仕事を辞めるまでしてくれるのだ。
完全に彼も気持ちだけで動いてくれたのが分かった。それが何より嬉しかった。
もう一人のメンバーとなった木村は、とりあえず今は職は続けてもいいならやりたい、という条件だったが問題無かった。
今思うと、この二人が乗ってくれなかったら、チームは出来てなかったのかもしれない。
逆に言うと、当時の僕にはこの二人しかいなかった。この二人さえいれば何とかなると思っていた。
なぜなら二人とも太鼓が死ぬほど好きだったから。そして努力家だったから。

そして、7月に居酒屋で平田と木村を会わせ太鼓衆一気は誕生した。
当時は当然ながら曲おろか楽器すら無かった。
どうやってやっていく?どうしていく?
様々な課題はあったが、「太鼓を叩きたい!」「これで食べていきたい!」という強烈な気持ちしかなかったので、不安など無かった。
やったんねん!!という思いしか無かったからだ。
しかし、課題は克服しなければならない。
さて、どうするか・・・。

ここから怒涛の毎日が始まった!

続く