こんにちは。間も無く帯状疱疹が治ると勝手に思ってる日野一輝です。






いきなりですが、こちらから「こんにちは!」って声かけても、小さい声で返事の人

こちらを見ない人


いてますよね?






太鼓のレッスンでも、こんな方はいらっしゃいます。



でも、これには訳があったりします。



例えば太鼓 


まだまだ太鼓も、「太鼓を習う?」「太鼓なんてダサい」「どうせ、おっさんがやってるお堅いところ」
という印象を持っている方は多いのは事実。

そして、習い事の初めは男性女性問わず、みんな身構えます。



面白いくらい(笑)




また、対人関係が苦手な人もいます。


まあでも、こちらはイチイチ気にしてられません。




こんな状況、他でもありますよね?







なので、こういう場合は










「さあ、やろう!」




と、元気よく言います。







でも、この時大事なのは、必ず相手を見ます。


相手に向かって声を出します。






指導者の多くは、相手を見ててもみてるだけで、自分に言ってるだけの気がします。


声がデカイだけ。

言うてるだけ。



相手に声が届いてない。

だから、相手は聞く耳を持たない。

この先生、何を一人で言ってるんや?

に、なります。





だから、やりずらくなる。


だから、ダラダラ時間が流れたりするんです。



それって、頭では理解出来ない、感覚の部分だと私は考えます。








誰だって、自分に声をかけられると、その人の話を聞こうとしますよね?

あ、対人の好みとか別にして。



例えば
「なあなあ!」とか、面白い話を伝えたい時って、早く言いたくて、相手に向かって勢いよく呼んだりしますよね?

聞いて欲しいんですもんね?

それって、欲求ですよね。

聞いて欲しいという。







結局はそれと一緒です。



伝えたいという欲求が無ければ、相手は聞きません。

事務的にやってる人の話なんて聞きません。





僕は太鼓を楽しんでもらいたいという欲求の塊なので、最初にそれをぶつけます。



さあ、やりましょう!


って。




そしたら、渋々やってくれたりするんです(笑)







だから、やりにくそうな生徒や部下がいてたら、

相手をまっすぐ見て

「おはよう!」


とか、言ってみましょう。





でも、本当にその人に言葉を届けたいなら、そういう所から練習していかなくてはなりません。


最初から出来る人なんていません。









そして最も大事?といっても過言ではない大事な事。







それは










相手と同じラインに立つ











つまり、

教えてる、とか

注意してる、とか


それって自分が、自分の立場で行ってる行為ですよね?
相手の事を見てない。


もちろん、教室や指導する所では「教える」という行為があるので自分の立場で教えるのですが、そう言う事を言ってるのではありません。





昨日のブログで、僕は「自分が楽しむ」と書きました。相手主体ではないと。


自分主体でも相手主体でもない。







並んでる、という事です。





だから、僕は生徒に、「太鼓を教えてるけど教えてない」んです。

生徒と一緒に自分が楽しめる事をやっている


だけなんです。


もちろん、技術の指導はあります。


しかし、それとて、どうやったらお互い楽しめるかな、という視点で行ってます。



こうなるとどうなるか?




先生と生徒という垣根は、限りなく無くなります。



生徒は、先生という目線で見なくなります。




だから、お互い言いたい事言えます。


そしたら、勝手に笑いも出てきます。





余程ヘマをしない限りやりやすい環境が作れます。







ほんまかいな??


と思う方、是非一輝太鼓道に来てください。


そして体感してみて下さい。



なにか他の習い事と違うと思いますよ?