僕が小学1年か2年か、の時のこと。





僕は当時、和歌山の山奥に住んでいました。


この間埼玉の嵐山町でコンサートを行いましたが、あんなの大都会です。


どちらかというと、秩父の奥地かな。


とにかく山しかありません。


もちろん信号なんて無し、コンビニ無し、自販機も僅か。


動物なんてわんさか出ます(笑)


数年前には世界遺産にも登録された場所です。



という、スーパーど田舎を頭に入れて聞いてください。






私の家は変わっていました。


なんせ、父と母以外に沢山大人がいるんです。

いつも。


そして頻繁に人が入れ替わる。

多い時には7~8人、いや10人くらいいたかな。

父のお弟子さん?という認識してましたが、明らかに人相の悪そうな人もいてて、


…ヤクザ?


とか思ったり。


でも、みんな優しかったので入れ替わろうが誰が来ようが僕は好きでした。



そんな環境でした。







話は戻って、そのスーパーど田舎では、バス停の距離も田舎ならでは。


僕の家から最寄りのバス停まで3~4キロ近くあり、僕は毎朝そこまで自転車で行ってました。


でも、低学年の時は車で送って貰ってたんです。

父やお弟子さん達に。





ここからは、記憶が断片的なので話が分かりにくいかもしれませんが、ご了承ください。






その日の朝、いつものようにご飯を食べて、軽トラックの助手席に乗りました。

運転はお弟子さん。


いつものように、いつもの道を進んでました。




スーパーど田舎なので、真っ直ぐな道は無く、常にクネクネ。

右側は山、左は谷

だから、左側にガードレールが沢山あります。


でも、所々ガードレールが無い所があるんです。


理由?

知りません!


予算の関係かな。





話を戻します。


いつもの様に進んでるとき、

「日野一輝死ぬかもしれない」事件が起きました。





左に曲がるカーブを終え、次は右カーブ。

左は谷なのでガードレール。

しかし、一箇所だけ、なぜかガードレールとガードレールに隙間が…


でも、そんな事気にしてません。

いつもの光景ですから。


だから、僕は助手席で、次は右に曲がるのでハンドルを切り車が右に曲がっていくと思ってました。



いや、誰だって思う!




…しかし!



この日は違ったんです。





左カーブを終えた車はハンドルを戻さず、何と左側の谷の方へ。

しかもガードレールとガードレールの間に測ったように突っ込んで行くんです。



え?



低学年の僕には何も出来ません。


もしかしたらギリギリで右に曲がるかもしれないし…




でも、隙間が近づいてくる…






あ!っと思った瞬間






ドガガガガガガ!!!!





車がガードレールとガードレールの間に突っ込んで、谷に落ちていく!



車が上下に激しく揺れる!


頭や体があちこちにぶつかる!




その光景は今でも脳裏に焼き付いてます。





恐怖?




いや、何が起こったのか分からない。



でも、ヤバイ。


なんかヤバイ、というのを残して記憶はここで消えました。










…気づくと、山の中腹くらいにあったコンクリートで作られた用水路の蓋の上にいました。




背中にあったランドセルは、お腹の前でしっかり抱えてます。





あれ?

僕は、どうしたっけ?





鳥の鳴き声がしてました。

川?の流れる音も聞こえます。



すごい静かな場所でした。






あ!




瞬間的に上を見ました。



車が落ちてくるかも知れないと思ったからです。


でも何もない。




下を見ました。




遥か彼方の谷底に、軽トラックの後ろのランプが点滅しているのが見えました。



必死で思い出しました。





…車で落ちた






運転手は??





あれ?


手をみると血だらけ。


ポタポタと顔から血が流れ落ちてくる。


どうやらおでこの真ん中を切ったみたいでした。

身体のあちこち血だらけ。





その瞬間、大号泣です。






もう、何か分からない。


怖い。


もう死ぬかもしれない。


どこか分からない山の中で1人でいる恐怖。


ここにいない運転手は死んだかもしれないと思うと、また怖くなって泣きまくりました。









その時、奇跡が起きました



「おーーい!」という声が上からしたんです。




え?




不思議ですよね。

大号泣してたのに、泣き止んだんです。


で、上を見ると、車が崖から落ちる音を聞いたのか、僕の大号泣が聞こえたのか、どこかのおじさんが近づいて来ました。


その姿を見て再び大号泣(笑)




「血だらけやんか!大丈夫か?」


ウンウンと頷いた…と思う。



「お父ちゃんと車はどこ行った??」



いや、父ではない…とかちょっと思いましたが、下を指差して


「あそこ…もう死んじゃったかなあ?なあ、死んだかなあ?」

「僕も死ぬんか?死ぬんか?」


ってまた大号泣。






おじさんが車を見て



「うわ!」



それから、再び記憶が無くなりました。









病院に搬送され、頭にネットみたいなんを被り、あちこちに何か貼られていたのを覚えてます。




ここでも奇跡的に、外傷のみ。

骨折も何も無し。





では、なぜあの時コンクリートの上にいたのか?


この日、助手席の窓を全開にしていたんです。


で、落ちて行く際、なんらかの衝撃で外に放り出された、という事でした。






さらに奇跡は続きます。



何と運転手が無事だったんです!

しかも、右肩脱臼のみ。




山だから助かった奇跡だと思ってます。

草木がクッションとなってくれたんです。


車は最後は沢山の木の枝に守られて止まってました。

その下は滝がある沢。

ここに落ちていたら間違いなく死んでました。




山が助けてくれたんです。








そしてここからが傑作編


この日の夕方、父から電話が来ました。

数日前からいなかった記憶があるので、出先から何か聞いてかけて来たのでしょう。


「崖から落ちた…」


すると父は


「あはははははは!!!!!」



と、大爆笑(笑)



内心「えーー!死にかけたのに!」とか思いましたが(笑)



この声は今でも覚えてます。


なんか、生きてるって感じがしたのも覚えてます。





傑作編 その2


一緒に落ちた運転手は、なんと無免許だったらしいんです!

さらに居眠り運転…



もう時効だからいいけど(笑)




しかし、どうやら父も周りのお弟子さんも知らなかったそうです。


で、事故後それが分かり、それはマズイという事になり、父が揉み消した…みたいです(笑)


だから、僕にも

「一輝ええか。友達に怪我の事聞かれたら、車で崖から落ちたなんて言うな。

家の屋根から落ちた言え」


と(笑)





しかしー!






スーパーど田舎は、噂が速い!


瞬く間に、僕が車に乗ってて崖から落ちた情報が全校生徒に知れ渡ったんです。


手を打つ前に広がった!


でも僕は貫きました。

「僕は屋根から落ちたねん!」

半べそかきながら、必死の抵抗。


だって、家には恐怖の父と母がいるんです。

父と母より怖い人なんて学校にいない。







傑作編その3


ある学校参観日に作文を読む授業で、「屋根から落ちたこと」を作文にして読んだんです(笑)


もうね、全部嘘ですよね(笑)


笑うのは、この作文を作ってくれたのは父と母、そしてお弟子さん達!


父を含めた周り総動員で、完全でっち上げの作文を作ってくれたんです(笑)



内容はなんだったかなあ…




雨の日に、雨漏りしたからブルーシートをかけるために、大人と屋根に登った。

その時足を滑らせて落ちた。



こんな感じだったかな。


とにかく僕は貫き通しましたよ!

何人か嘘って気づいてたけど。












…あれから数十年後



35か36の時、和歌山の友達と事故現場に行きました。


事の発端は、大阪で久し振りに会って飲んでる時に



「おい日野!あの車はよ回収してくれよ!」


「え!まだあるん?見にいこや!」



…で、やって来たんです。






そこは、友達の家の山だったんです。



懐かしいなあーと言いながら、山を降りて…





ありました。






「うわーーー!」

なんか歓喜です(笑)



もう錆びついてましたが、たしかに7~8歳の時に乗っていて、落ちた車がそこにありました。



当時のこの軽トラックは大改造されていて、

前にはタイガーマスクのお面があり、

車の下にはスピーカーが付いていて、

後ろとかあちこちに、トラックみたいにピカピカ光る装飾品が付いていて、この軽トラックはかなり有名でした(笑)




「な、日野のとこの軽トラやろ?懐かしいなあ。」





あの日、これに乗って落ちた。




よく生きてたな(笑)




上を見ると、うっすら道路が見えました。

でも、もうガードレールで完全に塞がってます。







「なあ!これ、ここにずっと置いとこや?」




「あほかーー!」








終わり